私達が日本の種子島宇宙基地を飛び立ってから三0年ほどが経ちますか?日本の国策として移民出来る惑星、開拓出来る惑星の発見とその調査の任を帯びて種子島を発ったのが
二五00年五月五日。古から伝えられて来た日本文化行事の一つ、『子供の日』でした。私の誕生日が六月一日ですから三四歳が終わろうとする時に地球を発ったのです。
以来、加速に加速を続けて今、現在光速の九0%で航行してます。ちびちびとは加速してはいるのですが、もうこれ以上の加速は望めそうもありません。そうするには後一00年かそこらの時間が、それにもっと膨大なエネルキーが必要となる。しかしそれでも光速は望めません。
今では私も六五歳。もう地球では、三000年の正月を迎えただろうか。親や妻子はもうとっくに死んでいるでしょう。友や知合いも居なくなったろう。それに、こんなに遙か遠くまで来たのに惑星らしい惑星にひとつも出会っていないのです。みんなも、もうここら辺で地面に降りたいのです。口に出さないがぐっと我慢しているのが分かります。だから今回の発見は膨大な喜びをもたらしたのです。
所でこの船は全長四キロメートル半径一キロメートルの葉巻型をしています。それに光発電装置それにクオークなどの宇宙イオン等の物質によって発電する量子発電、それに真空エネルギーを利用する真空発電を稼働して電気エネルギー得ています。
更には長径を中心にして短径方向に回転するリングにレザー砲,核ミサイル、量子砲、古典的な銃弾砲などを装備し、前から後ろまで一00メートルおき位に三0幾つもそのリングが装備されています。
更にはこの艦にも頭のいい奴が結構居まして今真空のエネルギーを利用して武器にしようと真空迎撃装置、また推進力に使おうと真空加速推進装置つまり真空エンジンなども研究されています。此に成功すると光速度も夢じゃないかもしれません。
もちろん前後縦横と至る所にバッフル望遠鏡、電波、X線望遠鏡、レダーに量子及び重力望遠鏡、さらにあらゆる探査機器、各種センサーが所狭しと取り付けられています。
更にいざと言う時にはこれらも包む様に鑑全体がすっぽり防御スクリーンで覆われます
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